── 人間を介したAIの投げ合い、について
最近、面白い現象がある。
クライアントとの打ち合わせで、向こうがAIで下調べをしてきているのが、はっきりわかるようになった。
「これ、Claudeで整理してきたんですけど」
そう言われることが、増えた。
こちら側もAIで提案の骨子を組んでいる。向こう側もAIで論点を整理してくる。
で、会議室で人間が話す。
これって、よく考えると、AIとAIの投げ合いを、人間が介して代行している、ということだ。
面白い時代になったな、と思う。
AIを使っている者同士の会話は、話が早い。
「これ、Claudeで出してきたやつなんですけど」と言えば、それだけで前提が共有される。
この前提が、いきなり共有されている。
昔、Excelでも Word でも、この共通言語ができるまで10年かかった。「これ、Excelで作ったんですけど」で、話が通じるようになるまで。
AIは、それを2〜3年でやってのけている。
逆に、AIを使っていない人との会話は、しんどくなってきた。
説明の階層が、深くなる。
「これは、AIで叩き台を作ったものです」と言うと、「AI…?」から始まる。
これは、悪いことじゃない。人には人のペースがある。
でも、私は明らかに、AIを使っている人との仕事が、増えていくと思う。
AIを使っているかどうかが、新しいセグメンテーションになる。
AIとAIの投げ合いを、人間が介して代行しているのなら、なぜ、まだ人間が会議室にいるのか。
これは、私の仮説だけれど。
会議室にいる人間の役割は、「AIが出したものの中から、何が本当か」を判断することに絞られてきている。
案の生成は、AIがやる。
案の説明は、AIがする。
案の比較も、AIができる。
でも、「これで行こう」と決めるところは、まだ人間が残っている。
そして、その決断は、会議室にいる人間の腑に落ちているかどうかで決まる。
だから、会議室は、まだ必要だ。
フブキの仕事は、たぶん、この「腑に落ちる、を作る場所」を提供することだ。
3回のミーティングで、AIで整理して、経営者と現場と、みんなが腑に落ちる場所を、探しに行く。
AIが答えを出すのではない。
AIを使いながら、腑に落ちる場所に、みんなで辿り着く。
この仕事は、AIが進化すればするほど、必要になる、と思う。