Fubuki Journal

AI使ってる者同士が、話す。

作成者: EIJI KAKUGAWA|Jul 11, 2026 12:27:11 AM

── 人間を介したAIの投げ合い、について

最近、面白い現象がある。

クライアントとの打ち合わせで、向こうがAIで下調べをしてきているのが、はっきりわかるようになった。

「これ、Claudeで整理してきたんですけど」

そう言われることが、増えた。

人間を介した、AIとAIの会話

こちら側もAIで提案の骨子を組んでいる。向こう側もAIで論点を整理してくる。

で、会議室で人間が話す。

これって、よく考えると、AIとAIの投げ合いを、人間が介して代行している、ということだ。

面白い時代になったな、と思う。

共通言語ができた

AIを使っている者同士の会話は、話が早い。

「これ、Claudeで出してきたやつなんですけど」と言えば、それだけで前提が共有される。

  • これは一次案である
  • これは叩き台である
  • これに人間の判断を加えて、次に進める

この前提が、いきなり共有されている。

昔、Excelでも Word でも、この共通言語ができるまで10年かかった。「これ、Excelで作ったんですけど」で、話が通じるようになるまで。

AIは、それを2〜3年でやってのけている。

AIを使っていない人との会話は、しんどい

逆に、AIを使っていない人との会話は、しんどくなってきた。

説明の階層が、深くなる。

「これは、AIで叩き台を作ったものです」と言うと、「AI…?」から始まる。

これは、悪いことじゃない。人には人のペースがある。

でも、私は明らかに、AIを使っている人との仕事が、増えていくと思う。

AIを使っているかどうかが、新しいセグメンテーションになる。

じゃあ、人間の会議室は、何のためにあるのか

AIとAIの投げ合いを、人間が介して代行しているのなら、なぜ、まだ人間が会議室にいるのか。

これは、私の仮説だけれど。

会議室にいる人間の役割は、「AIが出したものの中から、何が本当か」を判断することに絞られてきている。

案の生成は、AIがやる。
案の説明は、AIがする。
案の比較も、AIができる。

でも、「これで行こう」と決めるところは、まだ人間が残っている。

そして、その決断は、会議室にいる人間の腑に落ちているかどうかで決まる。

だから、会議室は、まだ必要だ。

腑に落ちる、を作る場所

フブキの仕事は、たぶん、この「腑に落ちる、を作る場所」を提供することだ。

3回のミーティングで、AIで整理して、経営者と現場と、みんなが腑に落ちる場所を、探しに行く。

AIが答えを出すのではない。

AIを使いながら、腑に落ちる場所に、みんなで辿り着く。

この仕事は、AIが進化すればするほど、必要になる、と思う。